2009年10月17日

実名化すればネットでの誹謗中傷が無くなるか

少し前に勝間女史のコラムを発端として、匿名/実名、批判/中傷に関する議論が起こっていたのでその経緯を追いつつ、
気になったエントリをピックアップしてみた。

ネット上でも実名で表現を:勝間和代のクロストーク - 毎日jp(毎日新聞)
もちろん、ネット上のすべての表現について実名を開示する必要はありません。しかし、少なくとも人とのつながりを目的とした利用においては、できる限り実名を明らかにするのが好ましいと考えます。  一方、実名にすると気軽なコミュニケーションが阻害され、あるいは、個人情報の漏洩(ろうえい)につながるのではないかと考える人もいるでしょう。しかし、クロストークも開始以来1年間、実名主義を貫いてきましたが、活発で的を射た討論が続いています。さらに、実名であることにより、複数のトピックにわたって投稿くださっている方の考えを追うこともできます。今のところ、問題は生じていません。

 ネットを過激な陰口の場にしないためにも、思い切って、実名主義を進めてみませんか。それによって、コミュニケーションが円滑になるほか、ビジネス面での利用の際の信頼性も高まると確信しています。

まず「過激な陰口」ということを弊害に挙げ、"実名主義"を提案しておられます。
ここで、「ビジネス面での利用の際の信頼性」というのが各人のついてる職種などにも関係しているところから議論が多少発散しているように感じました。

匿名実名を巡る冒険-「名」とは何か - 煩悩是道場
例に挙げて申し訳ないんですけど、加野瀬未友さんはペンネーム*2なのだそうですけれど、本名を知ったところで加野瀬未友さんと呼ぶというか呼びようがないというか。
これはもっともで、作家さんなどのペンネームは「アイコン」としてアイデンティティを持っていることは疑いようが無いと思います。
有名な歌手が芸名を変更すると、同一人物の作品か確認作業が必要になる場合などが想起されました。

名前は究極のブランド: 自分がブログを実名で書く理由 | Lifehacking.jp

そこで、実名とハンドル名のメリットを考えてみると次のようになりました。

  • 実名: あとで「あのハンドル名の人、私のことですよ」と説明して回る必要がなくなる。セミナーをするなどの活動をする場合に、会場予約が実名、 講演者がハンドル名といった二重化を防げる。下手なことは書けないというリスクを引き受けることで注意深くなれる。なにより、ブログに対する評価を個人の プロフィールとして享受できる
  • ハンドル名: ブログ名に合った、ユーモラスな名前を作っておけば覚えてもらうのが簡単。@maname さんの記事にもあるとおり、実名がもたらす制限を切り離して自由な活動ができる

しかし実名を出すことで、気を遣うことを余儀なくされる局面もたくさんありました。

私はこの春、職場を変えましたが、そこで採用に尽力してくださった同僚は最初に私の名前を聞いたときに Google で検索して「情報ダイエット仕事術」がまず出てくることに「はて?」と思っていたそうです。

先日サーバー機器会社の営業さんが訪問してくださったときにも、「mehori さんの名前をネットでみたことがあるのですが、あなたですか?」と言われてあわてたことがありました。

「これは下手なことはできないぞ」と気が引きしまる体験だったことはいうまでもありません。

「これは下手なことはできないぞ」という思いのが実名を使うときの一番の注意点であることは間違いないと思われます。
ビジネスなどで使う名刺に乗る名前にいろいろな「属性」が蓄積された結果であるとも言えます。

ネットだからって本名プレイしなくたっていいじゃないですか - 最終防衛ライン2
名前に何がぶら下がっているか、名前に何を紐付けるかが重要であって、名前だけでは何の意味もない。名前により、その人の背景を知ることができなければ、名乗った所で何の意味もない。

既にネット意外で名の売れた人が実名を用いてネットを活動するのも名を売るためなわけで。既に名の知れた人ならば名が担保になる。逆にまだ名前は知られてない人がネットで実名を用いて活動する場合は、ネットを担保とすることとなる。ネットでの活動が即実名に生きるわけだけで、個人事業主ならば名刺代わりにもなるだろう。しかし、特に自分の実名を売る必要がないならば仮名にしたって問題ないし、ある程度の担保にはなる。というか、仮名が担保にならなければ芸名で活動している芸能人や筆名で活動している作家には担保がないということになる
「名前により、その人の背景を知ることができなければ、名乗った所で何の意味もない。」
これも当然だが、捉え方によれば
無名の人にとっては本名="捨てハン"というケースも考えられる点が面白いと思う。

Geekなぺーじ : ネットにおける匿名の誹謗中傷を減らすには
リンカビリティが必要という話において、実名での発信は手段の一つであり、唯一の手段ではありません。 さらに、実名の方がハンドル名や芸名よりもリンカビリティが低い場合もあります。 芸能人の本名を聞いても誰だかわからないという人も多いのではないでしょうか? また、同姓同名の人々が複数箇所に対してコメントを書いていた可能性を考えると、実名であっても名字や名前に特徴があるかどうかでリンカビリティが変わります。
こう考えると、リンカビリティを求めているのであれば実名だけが回答ではなく、むしろハンドル名や芸名を排除することで事態が悪化する可能性すらあることがわかります。

「実名化すれば誹謗中傷が無くなる」と思うのであれば、mixi内を探索してみて下さい。 誹謗中傷が一切無い美しく清らかなインターネットがmixi内にありますか?
「身内しかいない」と認知していて、逆にストレート過ぎる表現が溢れているように見えるアカウントもあります。 これも「安全圏」に関する認知や誤認知の問題だと感じています。

あと、私も良くごっちゃにしてしまうのですが、多くの話題は「実名/ハンドル名/匿名」の3段階なのではなく「匿名性の要素が色々あるうちのどの部分までが特定可能か?」という話だと思います。そのうちの戸籍や本籍やパスポートやその他何かに書かれている文字列にこだわり過ぎなのかも知れません。それって要素のうちの一つでしかないと思うんですよ。
mixiでは皆が必ずしも実名で活動しているわけではないですが
mixiが「誹謗中傷が一切無い美しく清らかなインターネット」では無いというのはその通りだと思います。
「匿名性の要素が色々あるうちのどの部分までが特定可能か?」という指摘で
匿名性というのは"スペクトラム"であり、たくさんの段階があるということに気づかされました。

「実名公開」がネットの誹謗中傷を 減らすという勘違い | 時評コラム | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉
あえていうが「批判に感謝」は一種のレトリックである。誰だって批判されれば、即時的には嬉しいと感じるわけはない。それが被害意識の萌芽だろう。ただ、その萌芽が「中傷された」となるまでには距離がある。困ったことに、その距離は一定ではない。書かれているテーマ、社会的な背景からの立場、なによりも個性など千差万別であり、ことによったら「その日の気分」などど厄介な要素も加わる。
何をもって"中傷"とするかその線引きの難しさを指摘されていますね。
言説は表現や文脈一つで大きく変わりますね。

以上、総括するとネットでの誹謗中傷が過激化し、
有益な議論が阻害されることが危惧されているのかと思うのですが
これは匿名性と直接関係するかというとあまり関係ないかと思います。

個人的な感想としては、「自分の個人情報を完全に公開せず、
一部を限定的に公開するという方法がある」ということについて
今後より深く検討してみたいと思います。
タグ:web
posted by rawwell at 06:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | thoughts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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