2009年05月17日

10年サボって絶望してる人は死ぬの?

何故人生は80年くらいあるのに20から30の10年間はとてつもなく大きな意味を持つのか

のトラバで良エントリを発見した。

30歳までの遅れはなかなか取り返せないという話|タダのブログ:三十男の手料理記録他

僕がプログラムを憶えたのはネットが出来る全然前の20年以上前の話だが、本屋で専門書を立ち読みして、必死に覚え、本屋から出てはメモをして、また立ち読みを繰り返す、という方法で憶えた(どうしても買わなきゃいけない本は吟味して買った。当時でも専門書は3000円〜5000円したので、子供時分の僕は何ヶ月分かのお小遣いをためて買わなきゃいけなかった)。
自分の苦労を書いて、これぐらい出来るだろ?というのは横柄だと思うが、現在ネットに繋げるのであれば、いくらでも参考になるサイトやリファレンスも存在する。


この部分は同意。
ネットのおかげで「高価な専門書を買わないと始まらない」
という事態はほとんどなくなったのではないだろうか。

努力好きってバカなの?的な意見もあるようだけど、なんだろうね。努力したくてしてるんじゃなくて、生活や人生をより豊かなものにしたいと思うから、その為の方法を積み上げるわけじゃないのかな。運転免許証を取得するときだって、教習場に行かなきゃいけないように、何かを得るためには、相当の何かをする必要があるだけで。
別に、人生や生活を豊かにする必要なんか無いし、て思うなら、それでいいと思う。まぁ、それなら、絶望的にはならないだろ。


ここは正論なんだよね、こういう意味で。
・「努力好きはそれ相応の見返りを得ることが多い」ので世間一般に努力推奨の風潮がある

ただ、id:esperさんのブコメにあるように
80になってみないとどこが重要だったかわからんのでは?
でいくと、

「<努力>と<非努力>は等価なんだ、僕にとってはね」カヲル

とかになりそう気がしないでもない。
posted by rawwell at 08:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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