2009年07月06日

「今すぐ話したい」とウェブ(集合知)

非常に説得力のあるエントリだと思いました。
日本のサブカルチャーに与えたウェブ(集合知)の影響は計り知れないのかもしれません。

あの娘、エヴァンゲリオンの頃にインターネットがあったらどんな顔するだろう。 - たまごまごごはん
インターネットは便利です。

今「アニメの話がしたい!」と思ったら、ものの1分も頑張ればそういう話が出来る場所は見つかると思います。

ブログに書くのもいいでしょう。交流掲示板を探すのもいいでしょう。mixiのコミュニティなんかも楽しいと思います。

趣味の知人を捜すのが死ぬほど簡単になりました。いやはやすばらしい。今日かかえたアニメの鬱憤を明日に持ち越さなくて済んでしまうのですもの。しかもあったこともない世界の誰かとその思いを共有するなんて。

もちろん諸手をあげてこれはすばらしいことなんですが、逆に言うと「一つの作品への強烈な固執」をしなくて済むようになったとも言えます。

なんせ、情報が山ほどある物ですから、そこまで固執しなくても次へ飛び移るのが簡単。いい具合に溜まったイライラをその日のうちに誰かと話せるので、頭かかえて布団の中で「あれはなんなんだ!なんなんだ!」と一人ぽっちで悩む必要がないです。

その分、火が燃え上がるとその火力が強烈なのもあるんですよね。ハルヒみたいに深夜でやっていたアニメが小中学生でも分かるようになったのは間違いなくネットがあったせいです。
タグ:Web2.0
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遊んでばっかで勉強が足りないことの弊害

id:kawangoさんのブログは全て釣りエントリだと思いますが
あえて全力で釣られてみます。

個人の才能とはいったいなにか - はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

さて、今回のエントリではふたりの間違った考えそのものよりも、ふたりがなんでこんな間違った考えをもつにいたったのかについて根本的なところから神の視点で議論していきたいと思う。

端的に申し上げると、ふたりとも受験勉強のやりすぎである。

ふたりの学歴なり経歴は残念ながら知らない、また興味もないので、ググるのはカスなみなさまに任せるとして、ここでは彼ら二人が、高学歴かつ
受験戦争の不幸な被害者という前提で話をすすめることにする。
「神の視点」から恣意的な「前提」を元に議論を展開するのですね、わかります。
20人で1兆円儲かる会社があらわれるという妄想がばからしいのは、ゲームのルールをきめているひととゲームのルールの中でプレイしているひとがいるという基本的な事実を無視しているからだ。資本主義というゲームのルールをきめているひとたちと関係のないところで、個人の才能(笑)によって、そんな企業が出現するとしたら、それはルールのバグが発見されたにひとしい。

大きなバグは速やかに修正されてあたりまえだ。修正されないためにはルールを決めている側に参加できるかどうかが鍵になる。

資本主義は「バグ」だらけであるというのは周知のことだと思う。
そしてこの規模の「ゲーム」の「バグ」が「速やかに修正される」はずということこそ「妄想」ではないだろうか。

「20人で1兆円儲かる会社があらわれる」という表現は誇張が含まれてるとしても
これを妄想と言い捨てるのはどうかと思う。
たとえば、OvertureのPPC(Pay Per Click)のような特許により
その収益が莫大なものとなる可能性は十分考えられる。

また、YoutubeがGoogleに買収された当時
従業員数が70人程度だったことを考えると、
会社の規模もあまり問題にならないのではないだろうか。

なお、「修正されないためには〜」の文章は日本語的に意味が通じないと思う。
また、社会の中でゲームのルールをつくり維持するというのも大変な作業だ。

個人の才能だけで、大きなリターンを得ることを目指すという考え方は、社会のゲームの隠れたルールをうまいこと見つけて利用するということだ。その発想に社会には貢献するという考えかたはない。

個人の生き方としてはありでも、社会的には賞賛されるべきものではない。

大きなリターンを得る過程で、企業が雇用を創出するのであれば

それは十分に「社会に貢献」することであり、「賞賛される」べきものではないのであろうか。

ということで、そろそろてきとーな結論でこのエントリをまとめるとする。

勉強ばっかしないでWorld of Warcraftでもしろ

ということで。


合わせて読みたい:

おい、kawango、本当の受験勉強をおしえてやる - ひがやすを blog
東大の理三に入るような受験というピラミッドのトップにいる人を除いて(知らないけど理三の中にもミニピラミッドがあるのかも)、ほとんどの受験生は、自分がどんなに努力してもかなわない人がいることを受験を通じて感じているはず。だから、受験での経験を通じては、「優秀な人間は、うまくやれるはずだ」という思考パターンにはなりにくいんじゃないかと思います。

彼らがそのような思考パターンを持っているとするなら、受験以外で身につけた可能性が高いんじゃないかと思います。

まあ、そろそろてきとーな結論でこのエントリをまとめることにします。

勉強ばっかしないでドラクエでもしろ

ということで。
タグ:business
posted by rawwell at 20:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月05日

破デート

マヤに一票。

これってデートに誘われたの?

男の友達とエヴァ序見た?面白かったねー
いまやってる映画もすごいらしいねーって話してたら
じゃあ明日見に行こうよーって言われて
う、うん、そ、そうしようかなって汗だらだら出てきた。
だって男の人と二人っきりで映画見に行くなんて
完全にデートじゃないですか。
デートに誘われたのなんて初めてだからドッキリして
一気に余裕なくなってしどろもどろになってしまった。
あまりにも向こうは軽く誘ってたんで
これはデートなのか?と逆に疑うようになって眠れなくなった。
「これってデート?」なんて聞けるわけもないし。
「こいつ口説かれたと思った?嫌だねー自意識過剰な人は」
「これ以上口聞くともっと勘違いされるかもしれんからバイバーイ」
待ってーいかないでー。男女一組ははたから見たら絶対カップルだって。
映画見終わった後だってすぐさよならーって駅直行するわけでもなし、
どっか喫茶店かなんかで軽食でも取るでしょ?感想言い合いながら。
もう真正面に座って、目と目を見つめあいながら楽しくお喋りするなんて完全に恋人だってば。
サンドイッチかなんかで「そっちも食べてみたいな」「じゃあ交換しよっか」←こんなイメージ。
期待しすぎてがっかりしないように急いで寝ます。



http://anond.hatelabo.jp/20090705003215
安心していい
相手の男は、アスカかレイかマリがミサトかりっちゃんに夢中だ


http://anond.hatelabo.jp/20090705003949
まて、マヤか委員長かもしれないぞ
posted by rawwell at 19:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

アメリカでは「出る杭は打たれない」

アメリカでも出る杭は打たれます。日本以上に
そいつは留学前は日本の悪口ばかり言うようなやつで、日本のWEBは残念のように、日本が抱えている問題をよく言っていた。
でも留学してしばらくしたら、メッセやメールではアメリカの悪口ばかりになった。
曰く、米国も出る杭たたきまくりらしく、とにかく人がやることにいちゃもんを付けるんだそうだ。
宗教や人種、権利にうるさいアメリカ人だから、日本以上かもって言ってた。
どうかな。
「出る杭」も何もアメリカって、人種、国籍がごった混ぜの国だから
叩く前に「普通」という概念がない気がする。
日本のように中庸思想がないから
均質化する圧力というものは日本に比べてずっと少ないように思う。

人種問題でいえば、社会的に優位とされるWASPが妬まれたり、
マイノリティが今でも社会的に冷遇されているという事実はあるが
これはむしろ「均質化への圧力」とはまったく違うものだと考える。

ただ、経済的な成功を収める、ということが一つの共通な価値基準なので
ビジネスでの成功者は普遍的に評価されるということはあると思う。
日本とは違い、金持ちがそれだけでバッシングされることはないのではないだろうか。


以上をふまえた上で、
以下のエントリが、ビジネスにおいても
アメリカの風潮をより正しく表していると思う。

出る杭は打たれない? | Alice's Adventures in the US!

“The squeaky wheel gets the grease.”
「音がうるさい車輪ほど、油をさしてもらえる」
といったところだろうか。確かに、調子が悪かったり、
困ったことがあったりしても、何も言わなければわかってもらえない。
騒いだ人ほど気づいてもらえて、得をすることも多いだろう。
しかし、ちょっと待って…。
日本なら、「出る杭は打たれる」という、逆の諺もあるよね?

この辺が、アメリカと日本の文化の違いなんですね。
アメリカでは“沈黙は美徳”ではなく、“おとなしい”ことも褒め言葉ではない。
自分の意見を言えないと、“何も考えていない、頭が空っぽな人”と
思われる場合もあるし、不調だったり、文句があったりする場合でも、
この諺のように、がまんしてソンをするよりは、
どんどん訴えて気づいてもらった方がトク! というお国柄。

気遣いが必要ないほど、みんな、どんどん自分の希望を口に出すのだ。
言っている内容はと言えば、ちょっと理不尽だと感じる時もあるが、
とにかく言ったモン勝ち。だから訴訟が絶えないのかもしれませんね。

とにかく、“出る杭は打たれない”どころか、
ここでは“出る杭は得をする”し、
逆に、“出ない杭は、低すぎて目に入らずに踏まれる”可能性も…。

ここでは“杭”じゃなくて、“うるさい車輪”に例えられているけれど、
うるさくキーキー言う時は、皆さん、けんか腰ではなく、
“にこやかにハッキリ”という態度の人が多いです。
アメリカでは、笑顔で苦情を言う術を覚えられたら、
たいていどこでもやっていける気がします。

タグ:Thoughts
posted by rawwell at 10:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | thoughts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

学会発表でありがちなこと

こういうの好きだ。

学会発表でありがちなこと 「質疑応答で喧嘩売る」「質問者が納得しないまま時間切れ」:アルファルファモザイク



12 Nanashi_et_al. :2007/12/23(日) 16:20:17
学会最終日の最後の講演
聴衆は友人1人と座長



21 Nanashi_et_al. :2007/12/23(日) 20:29:32
俺の前の講演が終わったら
みんな席を立つ



72 Nanashi_et_al. :2008/01/27(日) 01:54:49
ある学会で、時間を間違えて、座長をすっぽかした。



83 Nanashi_et_al. :2008/01/30(水) 10:37:50
その会場は最初30人程いた。オレの発表は最後。発表が進むに
従って人数が減少。オレの前に4人程になる。オレが発表し始め
たら最前列の二人(カップル)が席を立つ。とうとう二人だ。
英語で話しながら涙が溢れて来た。使った航空券代金と誰も興味
を持ってくれない自分の研究に。発表が終わって座長に聞いた。
「面白くないですかね?」「いや、面白いと思うよ」
で少し慰められた。座長は最後の二人の一人だった。



121 Nanashi_et_al. :2008/09/06(土) 00:10:28
自分の発表の直前か直後がその分野の大御所。
しかも内容かぶってる。


タスケテ




122 Nanashi_et_al. :2008/09/06(土) 00:35:39
朝9時からの発表で、会場には座長と後輩を含め5人・・・
タグ:ネタ
posted by rawwell at 15:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | おもしろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

うざコメは無視すれば良い。以上。

無駄に長く、結論が凡庸なエントリのように思えるが、全力で釣られてみる。
まずはまとめを三行で。
  1. ネットにおいては発信力/筆力がある人は「偉い人」となるので、「偉い人」がいなくなるわけではない。
  2. 歴史上の人物は「偉い人」と「その他大勢」に分けられて来たが、ネットでそれが変わるわけではない。
  3. 『「炎上」→知名度向上→結果的に「偉い人」になる』というサイクルが考えられ、その場合「炎上」は悪いことではない。


以下、適宜引用しつつコメントをする。
ネットの炎上は人類進化の必然で、健やかなる新時代を拓く鍵かもしれない - 分裂勘違い君劇場

ネットの誹謗中傷揚げ足取り炎上で苦しむ人と喜ぶ人

ネットの誹謗中傷揚げ足取り炎上は、より平等な社会をもたらす社会的機能を持っている。

人類の歴史において、より平等になる方向に社会体制が進化してきたことを考えれば、ネットの誹謗中傷揚げ足取り炎上は人類社会を進化させ、新しい時代にふさわしい社会を築く礎となる可能性がある。

「人類の歴史において、より平等になる方向に社会体制が進化してきた」という根拠が示されていないので、
その前提からして疑わしい。

「エリートを敬う伝統」など、時代に取り残された老人の繰り言に過ぎない

小飼弾氏は、日本にエリートを敬う伝統がないことを嘆いている。

なぜエリートを敬う伝統が生じなかったか。エリートとなりうる人々に、人々が無礼をもって答えてきたからではないのか。人々の無知蒙昧に、エリートは耐えねばならない。これはエリートとしての、義務である。しかし、エリートたりうる人々が、エリートにならねばならぬ義務もまた存在しないのである。エリートと なるのは義務ではなく、しかしいったんエリートとなれば義務ばかり追う。そんな損な役割の彼らの唯一の報酬は、敬意である。

しかし、小飼弾氏の言うような「敬意を払われるべきエリート」などというものを支える思想的基盤はもはや失われて久しく、小飼弾氏や海部美知氏の「エリート が世界をよりよいところに云々」という発想は、ひなたぼっこしながら「昔は良かった」と繰り返す、時代に取り残された老人の懐古趣味にすぎないのかも知れ ない。

そうかもしれないが、それでも新時代のエリート、つまり「ネット上での発言力が強い人」は生まれ続けるだろう。
しかもその発言力はリアルでの「知名度」に裏打ちされたものであるかもしれない。

権力解体機構を備えていないSNSやtwitterが劣っているわけではない

自分があるテーマについて、まともな議論を重ねて、その問題を深く掘り下げたいとき、議論の場としてブログやソーシャルブックマークを選ぶのが、あまり賢い選択になりえないのは、こういった状況があるからだ。

「公開ブログでまともな議論をして、大衆が正しい判決を下す」などという状況も、起きることはないではないが、それが起きることはむしろまれだと考えた方がいいだろう。なぜなら、大多数の人は十分な倫理学のトレーニングを受けておらず、ブロガーの稚拙なレトリックすらみぬけず、流されてしまうし、そのうえ、 まっとうなロジックより、自分にとって心地よく聞こえるロジックを肯定するという誘惑に抗えないし、抗う必要もメリットもない。

ネットは「衆愚」ということが言いたいのであろうか?

それに比較すると、このような不毛な駆け引きに捕らわれることがないSNSでは、「ブログ+ソーシャルブックマーク」よりも、はるかに深く精緻な議論ができる。

公開Webの場合、道徳的な予防線をはりまくったまどろっこしい書き方をしないと、相手の「悪」を見つけて、自分の道徳的正しさを公衆の面前で証明し、人々の支持を勝ち取りたくてうずうずしている道徳ウォーリアーたちにつけいる余地を与えてしまう。

センシティブな話題の場合、いちいちそんなまどろっこしい記事の書き方をしていたら、まず議論にはならない。議論のための本筋のロジックより、「誤解を招かないようにするため」の文章の方がはるかに分量が多くなってしまうからだ。

記事が「まどろっこしい」場合は著者の筆力が至らないというだけかと。

「偉さ」格差の是正(=平等化)が、社会全体の総幸福量を増やすメカニズム

フランシスフクヤマは、人間には「対等願望(他人と同じだけ優れた存在になりたい)」と「優越願望(他人よりも優れた存在になりたい)」があり、それが歴史を前進させる要因の一つだ、みたいなことを論じていたけど、これは少し表現が実態とずれている感じがする。

もっと実態に即した表現をするなら、「劣等回避願望(他人より劣った存在でいたくない)」と「優越願望(他人より優れた存在になりたい)」なんじゃないだろうか。同等になりたいのではなく、劣りたくないのだ。

そして、ぼくの個人的な経験からすると、プロスペクト理論のValue Functionのグラフのように、優越願望が満たされることによる幸福量より、劣等回避願望が満たされないことの不幸量の方が、絶対値が大きい可能性があるのではないかとも思ったりする。

Value Functionの置き方によるが、この点については同意。
もし、仮にそうだとすると、ネットの誹謗中傷揚げ足取りによって、ネットの偉さ格差が是正され、平等化が推し進められると、社会全体の総幸福量は増大することになる。

そして、平等化に向かって進んできた人類の社会システムの進化の歴史は、同時に社会全体の総幸福量を増大させる方向での進化の歴史だったことになる。

一つ確認すると、今までは「偉い」人がいたから社会全体として不幸だったと主張しているのか?
そうだとすると、歴史の教科書に載っている「偉人」の存在は人類にとって不幸の源であったというのか?

新しい時代にふさわしい生き方とは?

そして、このフラット化の流れに逆らい、ネット上で自分の偉さ(頭の良さ、美しさ、道徳的正しさ、経済力、etc.)を誇示しようという無意識の下心を持つ 人間のブログは、それが学者だろうが、コンサルだろうが、市場原理主義者だろうが、ウヨクだろうが、サヨクだろうが、フェミニストであろうが、科学者だろ うが関係なく、まるで体内に侵入した異物に白血球が寄り集まって攻撃し始めるように、ネットの住人たちがよってたかって誹謗中傷揚げ足取りを行い、炎上することになるのではないだろうか。

炎上することで知名度が上がり、結果的に「偉い人」を作り上げられる可能性についても考慮が必要かと。

それでもなお、ネットの誹謗中傷揚げ足取りは正当化できるようなものではない

こうしてみると、Webの誹謗中傷揚げ足取りは、「残念」どころか、みごとなまでに人類史的な意味を持つ社会装置として機能しているようにも見える。

しかし、だからといって、誹謗中傷揚げ足取りが美しい行為だとも思わないし、それを正当化する気にはとうていなれない。醜悪な動機で行われた醜悪な行為を詭弁で正当化するほどおぞましいことはない。それが結果として社会的に役に立っているという側面があったとしても、誹謗中傷揚げ足取りをやるような人間は下劣な人間であり、その精神は腐臭を放っており、そういう人間と交遊を深めたいとは、というてい思えない。

ただ、たいていの物事には良い側面と悪い側面の両方があり、Webの誹謗中傷揚げ足取りのようなおぞましい行為すらもその例外ではない、ということは忘れてはいけないと思うのだ。

「誹謗中傷」「揚げ足取り」は「おぞましい」ものだろうか。

コメントスパムみたいに「煩わしい」程度かと思うのだが。


結論: うざコメは無視すれば良い。以上。

タグ:ブログ
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2009年06月18日

「ごめんなさい。こういうときどんな顔をすればいいかわからないの。」

ご同慶の至りです。

ごめんなさい。こういうときどんな顔をすればいいかわからないの。 - 想像力はベッドルームと路上から


『あいつ僕がかしゆかフライデー決めたらどんな顔するだろう。』というタイトルだけが唐突に浮かんだのでこれでブログ書きたい。

http://twitter.com/inumash/status/2193364594

【2ch】ニュー速クオリティ:かしゆかがフライデーに撮られる 残るはあ〜ちゃんだけ


神様は・・・時々・・・素敵な・・・ギャグを・・・

タグ:ネタ
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梅田望夫:日本のWebは「残念」でもいいじゃん

良エントリを見つけたので自分用メモとしてトラバ。
この件についてはまだまだひっかかっている。

梅田望夫:日本のWebは「残念」でもいいじゃん

「日本のネットは米国とは違うものになってしまった」という梅田氏の主張だが、たしかにそういう部分はある。

 先日のnobiさんの件でも触れたけど、日本のネットはほとんどが匿名だし、ブログは個人が意見表明する場と言うよりも、プライベートな日記を公開する場として認知されている。SNSは人脈を広げる場所ではなく、知った仲間が集まって時間と空間の壁を越えてマッタリするための場だ。

 日本語版Wikipediaでは、同じ言葉があるとたいていは、アニメやマンガのキーワードが優先される。科学、歴史、宗教など、あらゆるキーワードに関連項目としてアニメやマンガのタイトルが付け加えられている。まるで、日本人全員がサブカルを常識として生きているかのようだ。

 でもその代わり、日本のWebでは2ちゃんねるやニコニコ動画で、日々面白いことや凄いこと、感動的なことが起きている。ニコニコ動画と初音ミクが起こしたムーブメントの破壊力は、マンガやアニメといったサブカルの枠を超えて広がりつつある。








タグ:Web2.0
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2009年06月13日

「アイドル状態でファンがうるさい」

秀逸なのでこれまた記念トラバ。

「アイドル状態でファンがうるさい」

店員「大変お待たせしました。ファンの様子がどうかされましたか?」

ぼく「アイドル状態でファンがうるさいんです。GAME のあととか。」

店員「計算しすぎなんですよ」

ぼく「えっ」

店員「すぐ熱くなりますからね。チョコレートも溶けますよ」

ぼく「アイドル状態が悪いんですか」

店員「いえファンが悪いだけです」

ぼく「どうしたらいいですか」

店員「ファンがイカレちゃってるのでユニット丸ごと入れ替えれば静かになりますよ」

ぼく「えっ」

店員「えっ」

ぼく「卒業ってことですか」

店員「まあ寿命というか、消耗品ですし・・・」

ぼく「なにそれひどい」

店員「えっ」

ぼく「そのあとどうなるんですか」

店員「廃棄処分になるんじゃないでしょうか」

ぼく「なにそれもひどい」

店員「えっ」

ぼく「えっ」

店員「ああでも、さいきんはリサイクルにまわりますね」

ぼく 「普通の女の子にもどるって事ですか?」

店員「えっ」

ぼく「えっ」

ぼく「ほかに方法はないんですか」

店員「プラスチックみたいなものですから、かえってエコですよ」

ぼく「えっ」

ぼく「また同じことを繰り返すんですか」

店員「ええ、無駄になりません」

ぼく「でもなんかひどい」

店員「そんなことないです。とても大事なことですよ」

ぼく「わかりました」

店員「では、新しいファンをお求めになられますか?」

ぼく「えっ」

店員「古いファンを新しいファンと入れ替えるだけですよ」

ぼく「なにそれこわい」

店員「えっ」

ぼく「えっ」

ぼく「もう古いファンは必要ないってことですか」

店員「はい、その場合古いファンはこちらで処分します」

ぼく「なにそれやばい」

店員「えっ」

ぼく「えっ」

店員「処分にお金はかかりませんので」

ぼく「なにそれもやばい」

店員「えっ」

店員「でも、新しい場所でうまくやっていくことになりますから」

ぼく「そのうち慣れてくるってことですか」

店員「ええ、一度溶かされてまた新しいファンに生まれ変わります」

ぼく「なにそれひどい」

店員「えっ」

ぼく「えっ」

店員「とにかく、もうアイドル状態でも兵器ですから」

ぼく「なにそれもひどい」

店員「えっ」

ぼく「えっ」


http://anond.hatelabo.jp/20090608231729



野暮を承知でわかってない人向けにパヒュームのファンが解説するよ!

・GAME = アルバム「GAME」のこと。

・計算しすぎ = 「チョコレイト・ディスコ」の歌詞「計算する女の子」より。

・チョコレート = 同上

・アイドル状態 = Perfumeはアイドルなのかアーティストなのか立ち位置が微妙だと言われる。ここでは立ち位置がアイドル寄りになっている、の意。

・リサイクル = かつて公共広告機構のリサイクルのCMに出演しており、それがブレイクのきっかけの1つになったと言われる。

・普通の女の子にもどる = キャンディーズの有名なセリフ。同じ3人組なのでよく比較される。

・プラスチック = 「ポリリズム」の歌詞「ああプラスチックみたいな恋だ」より。同曲は上記CMで採用された。

・新しい場所でうまくやっていく、そのうち慣れてくる = 「ワンルーム・ディスコ」の歌詞より。
posted by rawwell at 21:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | おもしろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月12日

のっちがフライデー

このエントリが気に入ったので記念トラバ。

のっちがフライデー - リアリティが無さ過ぎる

僕はゆかヲタなので凹んだりはしていませんが色々と考えるところはあります。


握手会でたまに僕の顔をジッと見てくれる大本さん、大本さんさ、大本さん、僕は今日久しぶりにPerfumeの事を本気で考えてますよ大本さん、僕はまだパフュヲタでいられそうですよ大本さん、大本さん、大本さん、大本さん、
タグ:ネタ
posted by rawwell at 09:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | おもしろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする